仕事柄、クライアントの経営者から、社員の退職相談や報告を受けることがあります。残念なことですが、社員が去ってしまうことに対して、誰よりも傷ついている経営者の方々と話すと、その役割や会社トップとしての責任に触れ、なんとも言えない気持ちになります。経営者が退職報告を聞くのは多くの場合、退職が決定した後です。直接相談されることもないので、何もできません。さらに上司や人事など、人づてに聞いた退職理由は、味気なく、どの企業でも判を押したように同じ内容が並ぶので、余計にもやもやした気持ちが残ってしまうのです。

この人手不足の時代、離職は経営にダメージを与え、残された社員への影響もあります。もちろん退職を0にはできませんが、経営者が社員の退職時にできることはどんなことなのでしょうか。

私が社長からそういったお話を聞いた時に必ず伺うのは、「直接1対1でお話されましたか？」ということです。こういった声掛けをする理由は、退職者の上司や人事を信頼していないからというわけではなく、社長にしかできない役割があり、さらに1対1のコミュニケーションで得られることがあるからです。また、そのコミュニケーションを通じて、社長自身のわだかまりを昇華（消化）したり、整理したりすることが、今後の組織風土にとっても大切なことだと考えるからです。

社長が退職者と向かい合って絶対にしてはいけないことは、今更ながらのヒアリングや強引な引き止めです。そもそも意味が無いことに加え、次の退職者が出る時にマイナスに働くからです。“ヨソの会社”のことであれば、退職者を今更止めたところで意味がないことや、何を聞いても不信感の残る報告しか上がってこないことに、容易に想像がついたとしても、いざ自社で退職者が出ると残念ながら「絶対にしてはいけないこと」をしてしまうケースが多いのです。

退職者に対して経営者が最後にできることは、理解と応援であり、円満退社を自身の手で後押しし、感謝を伝え、辞めていく社員の気持ちを少しでも楽にすることだけです。これは決して綺麗ごとではなく、こういったスタンスで社員を送り出した方が良い理由が2つあります。

一つは、会社に対して的を射た提言が得られる可能性があるからです。社内の利害関係者である社長に対しては、基本的に社員は本音では提言してくれません。ですが、会社を離れ、お世話になった会社が良くなって欲しいという気持ちでの提言には、本質的で、正しい意見が多いものです。もう一つは、将来さらなる戦力として帰ってくる可能性を残せるからです。何かが起こった時に、前の会社の方が良かったな…と思っても、自身の退職で迷惑をかけた上司や人事などの関係者には相談しづらいものです。会社の最高責任者である社長との最後のつながりは、社員が出戻りを考えた時のきっかけになりやすいのです。

社員の退職を、もやもやした気持ちでいるだけではなく、思い切って2人で話してみること。相手は警戒しますが、シンプルに感謝と応援の意を伝えて、「何かあれば、連絡してきなよ」と声をかけること。それこそが社長が唯一できる退職者への対応であり、社長にしかできないことでもあると私は思います。