組織のリテンションマネジメントを研究している青山学院大学経営学部/山本寛教授(左)と弊社代表中川(右)
※本記事は新型コロナウイルスの感染拡大が確認される以前(2020年2月)に実施した対談をもとに作成しています。
少子高齢化に伴う労働力人口の減少が深刻化する中、注目を集めている「リテンションマネジメント」。優秀な人材に長く活躍してもらうための離職防止策として、多くの企業が取り入れ始めています。
特に企業の将来を担う若手社員の離職を防ぐことは、企業にとって重要な経営課題です。若手社員のモチベーションやエンゲージメントを向上するためには、どのような対策が必要なのでしょうか。
今回は組織のリテンションマネジメントを研究している青山学院大学経営学部/山本寛教授をゲストに招き、弊社代表の中川と対談を実施。これまでの企業ヒアリングや実体験に基づいた、専門家視点でのアドバイスを伺いました。
目次
リテンションマネジメントとは?
中川:最近、離職防止策である「リテンション」に注目が集まっていますね。「リテンション」とはそもそもどのような意味なのでしょう?
山本教授:人事領域においてリテンションは、「人材が企業内に長くとどまること、または長くとどまってもらうこと」を指す言葉として使われています。
英語で「維持・保持」などを意味し、もともとは機械工学分野で使われていました。
マーケティングの領域で「既存顧客と継続的な関係を維持していくための活動」という意味で「リテンション」が使われるようになり、現在は人事領域でも多く聞かれるようになりました。
「リテンションマネジメント」「リテンション戦略」といったように表現されます。
中川:山本先生がリテンション分野を研究することになったきっかけ、理由を教えてください。
山本教授:リテンションマネジメントを研究しようと思ったのは、私自身が何度か転職を経験したことが大きく影響していますね。
銀行員時代には長時間に及ぶ「引き留め」も経験しています。
当時、私は上司から退職理由を問い詰められてもなかなか本音が言えませんでした。「本音を伝えると辞められない」「問い詰められたくない」といった気持ちがあったのかもしれません。
このような自分自身の経験から「社員を引き留めたいと考える企業と、退職を決意した社員の気持ちには大きな乖離がある。これからの時代にはリテンションマネジメントが重要になるのではないか。」と考えるようになったのです。
専門である経営学やキャリア形成に関する調査、エンプロイアビリティ、今回のテーマでもあるリテンションマネジメントを研究するきっかけにもなりました。
中川:リテンションマネジメントが必要とされるようになった、社会的な背景はあったのでしょうか。
山本教授:リテンションマネジメントが求められている背景には、働き方改革の推進により「若手求職者の価値観が変化したこと」があります。
2015年に大手広告代理店に勤務していた女性社員が、過労死に至った不幸な事件がありましたね。この事件は「長時間労働の是正」など、労働者の命や健康に着目した法整備が進められるきっかけにもなりました。
働き方改革の推進は、若手求職者の「働くことに対する価値観」にも影響を与えました。近年では勤務時間や転勤の有無など、求職者が求める勤務条件の水準が高くなりつつあります。
労働力人口の減少により採用市場が厳しくなる中、企業側もこの水準を満たさないと人材確保自体が難しい状況になっているのです。
また、労働条件だけでなく「働きがい」や「成長」を求める人材も増えてきています。リテンションマネジメントが注目されるのは、こういった時代の流れが大きく影響していると言えるでしょう。
離職率が高い会社と低い会社の違いは?
中川:人材の流動化が進み、転職市場が活発化する中で「離職防止」は現実的に可能なのでしょうか。
山本教授:リテンションマネジメントによって離職率が下がるなど、効果をあげている企業は数多くあります。
憲法には「職業選択の自由」があるので、離職者を完全になくすことは難しいですが、従業員が退職を選択する前に会社組織としてできることはたくさんあります。
仕事の中でコミュニケーションを取りやすくする、社員の先のキャリアをともに考える、福利厚生を充実するなど、企業の課題に応じたさまざまな施策を考えることが大切です。
中川:先生は十数年リテンションの研究をされていますが、離職率が高い会社と低い会社の違いは何だとお考えですか?
山本教授:離職率は良くも悪くも「社風」が影響しています。社風は組織風土や雰囲気、話しやすさ、透明性などから伝わってくるもので、人間関係やコミュニケーションの状態も現れますね。
また、「働きやすさ」と「働きがい」の両方が備わった会社の離職率は低い傾向があります。
「働きやすさ」とはどのような人でも安心して長く働ける状態であること。勤務条件や労働時間の整備が必要となります。
「働きがい」は成長や能力の向上、仕事から得られる喜びのことです。
一方、離職率が高い企業にヒアリングをすると「今の会社にいても自分のキャリアの役に立たないと感じる」「2、3年上の先輩が今の自分と全く同じ仕事をしているので、モチベーションが上がらない」「会社の経営方針が良くない、賛同できない」といった意見が挙がります。
「会社のビジョンや方針」「キャリアパス形成」もリテンションマネジメントにおいては重要であることがわかるでしょう。
若手社員の離職が増加。離職する本音とは?
中川:今、多くの企業で若手社員の離職が課題となっているようですね。どのような理由から離職に至るのでしょうか。
山本教授:若手の離職経験者から聞こえてくる声は、ネガティブな理由が多い傾向にあります。
会社に対するさまざまな不平・不満の中でも、特に大きな要因になっているのは「上司との関係」です。
入社一年目は上司も優しく指導してくれるのですが、3年4年と入社年数が経過すると一人前として認識され、上司から求められる仕事のレベルも高くなる。
また視野が広がることで会社の人間関係、上司への不満が出てくる時期でもあります。さらに自分が任されている仕事やこの先のキャリアを考えると「組織のやり方は古すぎる」などの考えが出てくることがあります。
中川:若手社員が感じる「組織のやり方が古すぎる」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。
山本教授:スマホやタブレットが身近にあり使い慣れている若手社員からすると、会社のコミュニケーション手段が旧来のものであったり事務作業がシステム化されていなかったりすると、IT化が遅れていると感じるようです。組織の中にはガラケーすら知らない世代の人もいますしね。
「新入社員はエレベーターを使ってはいけない」とか、「窓開けや掃除などの雑務は若手の役割」といった暗黙のルールも、彼らは不合理だと感じるでしょう。
若手社員の居心地が良いように環境を整え、不合理を感じさせるようなルールは廃止する必要があります。
中川:中小企業では入社後3年以内に4割以上が辞めると言われています。離職には若手社員のモチベーションも大きく影響すると考えられますが、モチベーションが上下するタイミングや節目はあるのでしょうか?
山本教授:色々なタイミングや節目があります。まずは最初の3カ月が一つの節目です。このタイミングで辞める場合は衝動的な理由が多い傾向にあります。
次は入社後2~3年目で、仕事を覚えミスは減るものの上司や会社からは「一人前だからね」という目で見られるようになる。
その中で失敗や成功を繰り返し、モチベーションや定着意欲も上下しながら少しずつ安定していくものですが、「同期はできていることが、自分にはできない」と感じた場合、モチベーションは一気に下がります。
上司が替わったり、優秀な後輩社員が入ってくるなど人間関係や組織体制が変わるタイミングにも、気持ちの変化は訪れるでしょう。
やる気やモチベーションが上下する機会や節目は誰にでも訪れます。そこをいかにフォローするかが重要だと言えるでしょう。
若手社員の仕事に対する意識とモチベーション
中川:学生と接する機会が多い先生にお伺いします。若手社員の働くことに対するモチベーションには、どういったものがあるのでしょうか?
山本教授:最近の学生だと、「褒められること」がモチベーションとなる人が多いですね。
「自分は褒められると伸びるタイプ」だと、多くの若者が口にします。「褒める」文化をうまく取り入れられれば、若手社員の能力を伸ばすことができます。
上司は1on1やフィードバックの場で、言葉の選び方、伝え方がとても難しくなってくるでしょう。どのようなマネジメントを行うのか、上司と部下の組み合わせにも注意する必要があります。
また、若手は「目の前にあるコミュニティを守りたい、離れたくない」という気持ちが強く、それがモチベーションと直結しています。勤務エリアの限定も有効な施策と言えますね。
中川:今の中堅以上の層と、若手とでは働き方に対する意識は大きく違うように思えます。
山本教授:今政府が推進している働き方改革の原点には、SDGs(持続的な開発目標)があります。SDGs(持続的な開発目標)の8番に「働きがいも経済成長も」という目標がありますよね。
学生や若手社員の多くは暗黙の裡にもこの意味を理解していて、「日本でも進めていかないと大変なことになるよね」という意識が広まりつつあると考えます。
長期的な経済成長を持続させるためには、働き甲斐のある仕事をしつつ、個々の能力やスキルを向上させていかなければならないという考えが強くなっていますね。
中川:若手社員は「成長の実感」を重視しているのですね。
山本教授:そうですね。今の学生や若手社員は「自分の能力を高められる会社に勤めたい」という意識がとても強い傾向にあります。
また、今後AIの導入が進んだ場合、「自分たちができる仕事はあるのだろうか」という危機意識や漠然とした不安を持っています。
そのため、現在勤務している企業のみで活かせる資格や技能ではなく、転職しても使えるような汎用性の高い資格やスキルを求めているのです。
若手社員に対する効果的なリテンションマネジメントは?
中川:若手社員のリテンションマネジメントは、どのような対策が有効ですか?
山本教授:企業が抱えている課題によってさまざまな施策が考えられますが、今後のキャリアを見据えた、能力開発や研修機会を設けることは効果的でしょう。
また、会社のビジョンの浸透や愛社精神の向上を図っていく、インナーコミュニケーションも有効です。上司だけではなく、他部署の先輩社員など縦、横、斜めからのコミュニケーションを活性化させることで、風通しがよくなります。
ある給食センターを運営する会社では、新入社員の早期退職が課題となっていました。
「なぜ離職してしまうのか」を考えたところ、「新入社員同士の横の繋がり」がなかったことが理由ではないかと結論付けたようです。SNSなどの繋がりではなく、直接的なコミュニケーションの場が必要だったのです。
そこで、リテンションマネジメントとして新入社員を対象に「育成計画の体系化」を実施し、入社後1年間の間、月1回の集合研修を12回行いました。
この取り組みの結果、入社1年以内の離職者が10人程度だった状況に対して、集合研修を12回行った年の離職者は1人になったと言います。
月に1度、定期的に行われる研修で顔を合わせることで横のつながりが生まれ、定着につながったのだと考えられます。
あくまで一つの事例ですが、企業が抱えている課題に合わせてより自社にマッチした施策を取り入れることが重要です。
中川:リテンションマネジメントの一つとして「退職面談」も重要視されていますね。先生はどう考えますか?
山本教授:マネジメントの観点において退職者の本音を聞くことは、重要なリテンションの対策の一つだと言えるでしょう。
退職希望を出した社員の8割は離職するという調査結果があります。同じ理由で辞める離職者が出ないことを目的に、退職面談を行う企業が近年増えています。
ある企業では、特定の部署で新入社員が次々に辞めてしまうという事象がありました。退職希望者と面談を行ったところ、マネジメント側の問題であることが判明し、部長の配置転換を行うことで解決に至りました。
退職面談においては、本音を引き出すために、誰が面談を担当するのかが最も重要です。
直属の上司が良いのか、人事が良いのか、外部の専門家が良いのか、慎重に決めましょう。年齢が近く、信頼関係を築けている相手が面談担当であれば、本音を話してくれる可能性は高くなる傾向にあります。
中川:リテンションマネジメントにおいては、人事の役割も重要ですね。若手社員と上司との関係をハンドリングできるスキルが求められますね?
山本教授:リテンションマネジメントにおいては、人事の役割は欠かせません。
人事は採用活動が終わると新入社員との接点は少なくなりますが、ある企業では人事が3年間フォロー面談をして、状況把握を行うという施策を取り入れています。
新入社員も直属の上司ではない人事の方が、本音を話しやすいこともありますしね。業務への不満やアラートを上司ではなく人事に飛ばすというのは、ある意味で理にかなっていることだと思います。
まとめ(総括)
今回は、企業ヒアリングや実体験に基づいた若手社員の働き方に関する意識や離職理由、専門家視点でのアドバイスを伺いました。
若手社員に向けたリテンションマネジメントについて対策を考える際には、自社が「どのような課題を抱えているのか」を正確に把握し、有効な施策を考えていくことが重要だと言えるでしょう。
vol.2では引き続き「離職防止」をテーマに中堅社員や管理職、幹部層に特化したリテンションマネジメントについてご紹介します。
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