日本大学薬学部教授の榛葉繁紀さんのキャリアの原点「大学卒業後に勤めた米国ベイラー医科大学での苦悩の5年間」

柔道やレスリングなど、世界で活躍するアスリートを輩出してきた日本大学。2012年には競泳選手の松島美菜さんが、現役薬学生として初となるロンドンオリンピック出場を果たしたことで話題となった。

薬学部では、2017年からアンチ・ドーピングプロジェクトに取り組んでいる。同プロジェクトの中核を担うのは、日本大学薬学部教授の榛葉繁紀さんだ。

「米国ベイラー医科大学での経験が私のキャリアの源になっています」と話す榛葉さんのこれまでのキャリアについて伺った。

榛葉繁紀 日本大学

話を伺った人

榛葉 繁紀氏

日本大学薬学部教授。薬学博士、薬剤師。1963年生まれ。静岡県立大学大学院薬学研究科修了。その後、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン市にあるベイラー医科大学で約5年間、リサーチアソシエートとして従事。帰国後、1995年から日本大学薬学部に勤務し、2012年に教授に就任。生体リズムを刻む体内時計を調節しているたんぱく質BMAL1が、細胞内への脂肪の蓄積と密接に関係していることを解明。「米国科学アカデミー紀要」電子版に論文が掲載された。代表的な著書に『時間栄養学 時計遺伝子と食事のリズム』『体内時計ダイエット 太らない時間に食べる!』などがある。趣味はバスケットボール観戦。

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ポスドクとして5年間、米国ベイラー医科大学で武者修行

ーーまず、大学を卒業して日本大学薬学部に入職するまでの経緯を教えてください。

大学院博士課程を修了後、アメリカの最新科学技術を学びたいと思い渡米。テキサス州ヒューストン市にあるベイラー医科大学でポスドクとして約5年間働きました。ポスドクとは、大学院で博士後期課程を修了した後に就く任期付きの研究職ポジションのことですね。そこで私は、研究アシスタントとして栄養・エネルギー代謝を活かした遺伝子工学の研究を行っていました。

ーー海外勤務に不安はありましたか?

海外志向が強かったので不安はありませんでしたが、渡米後は言葉の壁に苦労しました。短期留学の経験があったので何とかなると思っていましたが、相手の話をほとんど理解できなかった。そこで、別の方法で自分の存在をアピールしようと思ったんです。

白衣の胸ポケットに大きな字でフルネームを書いたり、人の何倍も働いて顔と名前を覚えてもらったり。職場の仲間に自分の存在を認めてもらおうと必死でした。英語を話せないと自分の意見をうまく相手に伝えられないので、その場にいないと思われて相手にされなくなってしまいますから。

アメリカでの経験がキャリアの源になっている

ーー言葉の壁はどのように克服されたんですか?

バスケや野球中継で実況がよく使うフレーズを翌日、職場で使ってみるという繰り返しです。するとだんだん英語を話せるようになっていき、アメリカに来て3年経つ頃には英語で困る場面はほとんどなくなりました。私は昔からスポーツ観戦が好きだったので、楽しく続けられたんですよね。

あと、苦労したのは海外で生計を立てることの難しさです。月収は約1,500ドル。日本円に換算すると当時のレートで15万円ほどです。妻はVISAの関係で働けなかったので、華やかな海外生活とは程遠くアメリカにいた5年間は極貧生活でした。

働き方や価値観など日本との違いに戸惑うこともありましたが、異国の地でキャリアを築けたことが「自分でもここまでやれる」「もっと先へ進める」という自信になりました。

アメリカから帰国後に日本大学薬学部に入職し今年で27年目を迎えますが、当時の経験が今のキャリアの源になっていると強く感じます。

ーー現在、榛葉教授はアンチ・ドーピングプロジェクトの啓蒙活動や遺伝子ドーピングの研究開発・推進に取り組んでいらっしゃいますよね。

今は、中高生に違法薬物・飲酒薬物の怖さを伝える講演会やセミナーの登壇、健康やくすりについてを楽しく学べる「日本大学健康かるた」の作成などアンチ・ドーピングの啓蒙活動を続けています。

榛葉繁紀

今後は、プロスポーツ選手やプロリーグと一緒にアンチ・ドーピング活動を進めていきたいですね。というのも、スポーツファーマシストの資格があっても活かせる場所がなくて困っている薬剤師は非常に多いんです。

個人で活動しようと思ってもなかなか難しいこともあり、スポーツファーマシストの資格を持った薬剤師とチームをマッチングするシステムを作りたいと思っております。私自身がそうだったように、若い頃の経験が人間的な成長につながることは間違いないので、できるだけ若い世代に経験を積んでもらいたいですね。

ーー本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

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